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最高裁判所第三小法廷 昭和49年(オ)687号 判決 1977年12月13日

上告人

野口ヤエ子

右訴訟代理人弁護士

大森鋼三郎

外五二名

被上告人

富士重工業株式会社

右代表者代表取締役

大原栄一

右訴訟代理人弁護士

成富安信

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人大森鋼三郎、同福地明人、同小島成一、同渡辺正雄、同上条貞夫、同坂本修、同高橋融、同西村昭、同松井繁明、同田中敏夫、同原田敬三、同伊志嶺善三、同小林亮淳、同福地絵子、同秋山信彦、同永盛敦郎、同今村征司、同山本真一、同瑞慶山茂、同柳沢尚武、同白垣政幸、同小池振一郎、同田辺紀男、同岡林辰雄、同上田誠吉、同植木敬夫、同寺本勤、同中田直人、同福島等、同渡辺脩、同谷村正太郎、同橋本紀徳、同西嶋勝彦、同田中富雄、同岡部保男、同白石光征、同荒井新二、同西山明行、同佐藤勉、同城口順二、同小川芙美子、同藤本斎、同川名照美、同岡田弘隆、同平野大の上告理由第三点、第四点について

一原判決の確定した事実関係は、おおむね次のとおりである。

(一)  上告人は、昭和四一年四月被上告会社に雇用され、産機部業務課に勤務していた。

(二)  被上告会社は、電話交換手の訴外藤井都及び経理部財務課勤務の訴外小泉峯子の両名が、昭和四四年七月下旬ころから同年八月二〇日ころにかけて、就業時間中上司に無断で職場を離脱し、就業中の他の従業員に対し原水爆禁止の署名を求めたり、原水爆禁止運動の資金調達のために販売するハンカチの作成を依頼したり、あるいはこれを販売したりするなど就業規則に違反する行為をしたとして、同月二〇日ころから右事実関係の調査に乗り出し、関係の従業員からの事情聴取を進めた結果、藤井が上告人に対してもハンカチの作成を依頼していたこと及び上告人もまた被上告会社の従業員である訴外森裕子ほか一名に対してハンカチの作成を依頼していたことなどが明らかとなつた。

(三)  そこで、被上告会社では、同年八月二五日午前一〇時ころから午前一一時三〇分ころまで、中里人事課長らが、主として藤井の就業規則違反の事実関係を更に明確に把握することを目的として、上告人に対して事情聴取を行つた。右事情聴取(以下「本件調査」という。)において、上告人は、ハンカチの作成の有無及び作成依頼者の氏名、その作成枚数、原水爆禁止の署名の依頼及びハンカチの作成、販売に関する行為者の氏名、その時間、場所等のほか、第一五回原水爆禁止世界大会富士重工本社内実行委員会のメンバー、資金カンパと署名の集計状況について尋ねられたが、藤井に頼まれてハンカチを作成した旨を答えたほか、「何枚、作りましたか。」との問いに対しては「わかりません。」と述べ、「原水禁富士重工内実行委員会とはどういうものですか。」との質問に対しては、「どうして、そういうことを聞くのですか。」、「答える必要がありません。」と、反問し、あるいは返答を拒否し、その後は、答えるように説得されても、ほとんど答えなかつた。また、上告人は、その際、森らに対するハンカチ作成依頼の有無についても尋ねられたが、被上告会社では既に右事実のあつたこと及び上告人が右の依頼をしたのが休憩時間中であることもわかつているとのことであつたので、「なんで、そのようなことを聞く必要があるのですか。」と反問して答えなかつた。

(四)  そこで、被上告会社は、上告人が右調査に協力しなかつたことは、「従業員は上長の指示に従い上長の人格を尊重して互に協力して職場の秩序を守り、明朗な職場を維持して作業能率の向上に努めなければならない。」と定める就業規則一七条及び「従業員は秩序を維持し業務の運行を円滑にするため次の事項を守らなければならない。1 会社の諸規則、命令を守ること」と定める同一八条一号に違反し、同七〇条が譴責又は減給の懲戒事由として定める同条一号所定の「会社の諸規則通達等に違反したとき」に該当するとともに、上告人の右行為は、同条三号所定の「他人の不都合な行為を故意にかくしたとき」に準ずる不都合な行為であつて、同条九号所定の「その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があつたとき」にも該当するとして、同年一〇月七日上告人を懲戒譴責処分(以下「本件懲戒処分」という。)に付した。

(五)  被上告会社では、労働協約によつて苦情処理手続が設けられ、組合員の苦情は、この手続に従い、労使同数の代表によつて構成される二審制の苦情処理委員会において解決が図られることになつていたが、上告人は、本件懲戒処分を不服として、同年一〇月二〇日第一審たる本社苦情処理委員会に対して苦情申立てをしたが、同月二八日右申立てを棄却されたので、更に、同年一一月二日第二審たる中央苦情処理委員会に対して右同様の申立てをしたが、同月二七日右申立ても棄却された。

二右の事実関係から明らかなように、本件懲戒処分は、上告人に本件調査に協力すべき義務があり、かつ、その義務違反があつたとの前提に立つてされたものである。

しかしながら、本件懲戒処分は、次に述べるとおり、右の前提を欠くものであつて、違法無効といわなければならない。

そもそも、企業秩序は、企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠なものであり、企業は、この企業秩序を維持確保するため、これに必要な諸事項を規則をもつて一般的に定め、あるいは具体的に労働者に指示、命令することができ、また、企業秩序に違反する行為があつた場合には、その違反行為の内容、態様、程度等を明らかにして、乱された企業秩序の回復に必要な業務上の指示、命令を発し、又は違反者に対し制裁として懲戒処分を行うため、事実関係の調査をすることができることは、当然のことといわなければならない。しかしながら、企業が右のように企業秩序違反事件について調査をすることができるということから直ちに、労働者が、これに対応して、いつ、いかなる場合にも、当然に、企業の行う右調査に協力すべき義務を負つているものと解することはできない。けだし、労働者は、労働契約を締結して企業に雇用されることによつて、企業に対し、労務提供義務を負うとともに、これに付随して、企業秩序遵守義務その他の義務を負うが、企業の一般的な支配に服するものということはできないからである。そして、右の観点に立つて考えれば、当該労働者が他の労働者に対する指導、監督ないし企業秩序の維持などを職責とする者であつて、右調査に協力することがその職務の内容となつている場合には、右調査に協力することは労働契約上の基本的義務である労務提供義務の履行そのものであるから、右調査に協力すべき義務を負うものといわなければならないが、右以外の場合には、調査対象である違反行為の性質、内容、当該労働者の右違反行為見聞の機会と職務執行との関連性、より適切な調査方法の有無等諸般の事情から総合的に判断して、右調査に協力することが労務提供義務を履行する上で必要かつ合理的であると認められない限り、右調査協力義務を負うことはないものと解するのが、相当である。

これを本件についてみると、本件調査の状況は前記のとおりであるが、右調査に協力すべきことが上告人の職務内容となつていたことは、原審の認定しないところである。また、右調査は主として藤井の就業規則違反の事実関係を更に明確に把握することを目的としてされたものであるというのであるが、上告人に対する具体的な質問事項の内容、殊に上告人が返答を拒んだ質問事項のうち主要な部分は、藤井が就業中の上告人に対しハンカチの作成を依頼したり、原水爆禁止の署名を求めたりして上告人の職務執行を妨害しなかつたかどうか等上告人の職務執行との関連において藤井の就業規則違反の事実を具体的に聞き出そうとするのではなく、上告人その他被上告会社の従業員の一部が行つていた原水爆禁止運動の組織、活動状況等を聞き出そうとしたものであり、また、その際併せて質問された上告人の森らに対するハンカチ作成依頼の件も、被上告会社では既にそれが休憩時間中にされたものであることを了知していたというのであるから、上告人が右調査に協力することが上告人の労務提供義務の履行にとつて必要かつ合理的であつたとはいまだ認めがたいものといわなければならない。

したがつて、以上のような事実関係のもとにおいては、上告人には本件調査に協力すべき義務はないものというべく、右義務のあることを前提としてされた本件懲戒処分は違法無効といわなければならない。

三原審は、企業の行う企業秩序違反事件の調査に対する労働者の協力義務の存否、程度等は、秩序違反と疑われた事項、調査の方法、当該労働者の職務内容等の諸事情との複雑な関連において具体的、個別的に決せられるべきものであり、更にその協力義務違反を理由とする処分の内容、程度とも微妙にかかわるものであるところ、本件においては、本件懲戒処分によつて上告人が当面昇給その他において特段の差別的取扱いを受けていることは認められず、また、一般に譴責処分は懲戒処分としてはもつとも軽微な処分であることからすれば、裁判所は、被上告会社の行う本件調査に対する上告人の協力義務の存否及び右義務違反の成否等を判断するにあたつて、原判示(原判決一二枚目表七行目から一一行目まで)の特別の事情の存しない限り、被上告会社内における労働組合の代表的立場にある者の前記諸事情に関する評価判断を無視すべきではないと立論したうえ、これを前提として、本件においては、前記第一審及び第二審の苦情処理委員会において労使の代表委員が全員一致で上告人には右調査に対する協力義務があり、かつ、その違反があると認定判断しており、しかも、前示のような特別の事情の存することも認められないから、裁判所は、苦情処理委員会が右の結論に至つた前記諸事情についての判断を相当なものとして尊重すべきであり、それによれば、本件懲戒処分は妥当なものであつて違法無効とはいえない、と判断した。しかしながら、企業の行う懲戒処分が事実上の基礎に基づくものであるかどうか、すなわち、懲戒事由の存否の問題は、右懲戒処分の適否を審査する裁判所の判断に服すべき問題であるから、裁判所が、本件懲戒処分が事実上の基礎に基づくものであるかどうか、すなわち、本件調査協力義務の存否及び右義務違反の成否等を認定判断するにあたつて、労働組合の代表的立場にある者のこれについての認定判断をその一資料として考慮するのは格別、原判示のように、特別の事情の存しない限り、これを尊重し、右懲戒処分の適否の判断に採り入れなければならないと解すべき理由はないものといわなければならない。そして、本件懲戒処分の適否に関する当裁判所の前示結論は、被上告会社内の労使の代表委員によつて構成される前記第一審及び第二審の苦情処理委員会が、上告人には本件調査に対する協力義務があり、かつ、その違反があると認定判断していることを考慮しても、これを動かす必要があるものとは認められない。

四そうすると、本件懲戒処分を違法無効とはいえないとした原審の判断には、ひつきよう、法律の解釈適用を誤つた違法があるものというべきであり、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、既に説示したところによれば、その余の上告理由に論及するまでもなく、上告人の本訴請求は正当として認容すべきであるから、これと結論を同じくする第一審判決は正当であり、被上告会社の控訴はこれを棄却すべきものである。

よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(服部高顕 天野武一 江里口清雄 高辻正己 環昌一)

上告代理人目録<略>

上告代理人大森鋼三郎ら四五名の上告理由

<目次>

はじめに――本事件の真相と争点並びに本訴訟の意義について<省略>

第一点――憲法第三二条(裁判を受ける権利)違反<省略>

第二点――憲法第七六条第三項(裁判官の独立)違反<省略>

第三点――原判決の労働契約についての解釈の誤り(法令の解釈の誤り)

第四点――原判決の労働組合の権限についての解釈の誤り(判例にふれつつ)

第五点――原判決の弁論主義違反<省略>

第六点――原判決の理由齟齬<省略>

第七点――原判決の審理不尽並びに理由不備<省略>

最後に<省略>

第三点 原判決の労働契約についての解釈の誤り(法令の解釈の誤り)

原判決は、労働者が使用者に対して労働契約にもとづき負う調査協力義務についての解釈を誤つており、明白に違法である。その誤りは、第一に調査協力義務の存否の基準についてであり、第二に、その存否、したがつて、同義務違反の成否の判断の基準についてである。この意味で原判決は、二重の誤りをおかしたものであり、結局労働契約の解釈を誤り、結局法令の解釈を誤つた重大な違法といわねばならない。

一、原判決の「調査協力義務」の存否の基準の違法性

(1) 原判決は、労働者が使用者に対して負ういわゆる調査協力義務について『ところで、労働者が使用者に対し全人格的な行動の自由まで提供し、無定量の忠実義務を負うものではなく、特定のいわゆる管理職的職務にあたるものでないかぎり、企業内の秩序維持については格別の職責を有するものではない。しかし、通常の労働者であつても、その担当する職務遂行に関連して直接見聞した企業秩序違反の事項について、使用者側による調査にある程度の協力をなすべき義務のあることも自明の理であるといわねばならない。』と判示した。

この判示は、法的にいつて、ごく当然のことをのべたものである。ここで大切なことは、原判決がこの調査協力義務について企業秩序違反が労働者の担当する職務遂行に関連すること、直接見聞したものであることに明確に限定していることである。このことは、本件の第一審判決(東京地方裁判所民事第六部昭和四七年一二月九日判決)も明快に判示しているところである。すなわち、第一審判決は「労働者は全人格を使用者に売り渡しているのではないから、使用者に対し無定量の忠実義務ないし、絶対的な服従義務を負うものではない。労働者は、その職務執行中ないし、職務執行に関連して自己が直接に経験した第三者の企業秩序びん乱行為についてのみ、使用者の調査に協力すべき義務を負うにすぎないものと解するのが相当である」と判示した。この第一審判決と原判決とは言葉のうえでみる限り、基本的に同一の立場といえる。もとより、この基準は労働者が使用者に負う調査協力義務の範囲として正当なものといえるのである。ここに示された基準、すなわち、職務遂行との関連及び直接見聞した事項、この二点で調査協力義務の範囲、存在は、明確に判断されなければならないのである。これ以上に他の要素を混入せしめることは判断の基準を誤り、結局調査協力義務の範囲、基準の解釈を誤ることになるのである。

なぜならば、原判決は、この範囲での調査協力義務があることを『自明の理』というが、自然法のごとくなんの根拠も不必要な自明の理であるからではない。原判決が『自明の理』といつているところの根拠は、第一審判決がいみじくも「労働者は雇用契約の締結により使用者に対し労務提供の義務を負担し、その義務の履行過程においてのみ企業秩序の支配に服するのであつて、雇用契約およびこれに基づく労務の提供を離れて、使用者の一般的な支配に服するものではない」と判示しているとおり、労働契約とこれにもとづく労務提供義務にほかならない。

労働者は使用者に対し、労働契約をはなれて特殊の義務を負うことはありえず、したがつて労働契約にもとづいて負う労務提供をはなれて、それ以外に義務を負うものではないことは明白である。原判決がこれをなんの根拠も示さず『自明の理』と判示したことは、原判決がこの明確な調査協力義務の範囲、基準をあいまいにし、他の要素を混入させ、結局使用者の専制的支配調査協力命令への服従を労働者に強いる結果をもたらす要因になつているといわねばならない。労働者が使用者に対して負う義務を法的に考察するにはなによりもその義務の根拠が明確にされなければならない。そしてその根拠を基礎に、その義務の範囲、基準が導き出されるものでなければならないのである。こうしてこそ、対等平等の労使関係、すなわち労働条件は労働者と使用者が対等の立場において決定すべきものである(労働基準法第二条)との今日の労使の関係の原則に合致するのである。その意味で原判決は、調査協力義務の根拠を『自明の理』と判示したことは、調査協力義務の根拠を不明確にするものであり、調査協力義務、すなわち労働者が使用者に対して負う労働契約上の義務の解釈を誤つたものといわねばならない。

(2) さらに重大なことは、すくなくとも原判決が右調査協力義務の範囲、基準について、「職務遂行との関連及び直接見聞した事項」と、基本的に正しく判示しながら、具体的判断の基準として設定したものは、この二つの基本的基準を逸脱し、不当な要素を混入させ、もつて労働者が使用者に対して負う調査協力義務の範囲を拡大し、労働者に不当で過大な義務を課したことである。

すなわち、原判決は『ただ、その見聞の機会がどの程度に担当職務と関連するか、また見聞した事項が果して企業秩序に違反するか、さらにその程度範囲、右調査の当否、それに対しどの程度の協力をするかは、秩序違反と疑われた事項、調査の方法、当該労働者の担当職務の内容、企業内での当時の一般秩序の状況、使用者と労働者または労働組合との間の信頼関係など諸般にわたる複雑な関連において具体的個別的に決せられるべきであり、さらにその協力義務違反を理由とする処分の内容、程度とも微妙にかかわるところである』と判示したのである。この文脈はきわめて難解であるが、原判決の判旨は、労働者の調査協力義務の存否が、秩序違反事項、調査方法、担当職務企業内の一般秩序の状況、使用者と労働者、労働組合との信頼関係など諸般の複雑な関連によつて決せられるということである。この立場は、前記(1)でのべた労働者の調査協力義務の明確な二つの基準に、さらに不明確な要素を混入させたものであり、とくに企業内の一般秩序の状況、労使間の信頼関係などという、きわめて不明確で流動的な、したがつて法的判断になじまない要素をとり入れたものであり、まさに、調査協力義務の範囲、基準についての明白な解釈の誤りといわねばならない。企業内の一般秩序の状況いかんによつて、労働者が使用者に対して負う労働契約上の義務に変化をきたすことがありうるか。答は断じてありえないということである。すなわち、企業内の一般秩序の状況ということが、そもそもいかなる内容のものであるか不明確きわまりないが、例えば、使用者の力がつよく、労働者が、使用者のなんでもいいなりになる秩序の状況にあるとき、使用者が命じた調査協力義務の範囲が拡大されるなどということも、又縮少されるなどということもありえない。逆に、労働者に放任状態が強く存在する状況であつても同じことである。企業における一般秩序の状況は、このように流動的であるので、調査協力義務の範囲の判断の基準たりえないし、まさに、現実の「一般秩序の状況」こそ、法の視点、すなわち調査協力義務の範囲である二つの基準(職務遂行との関連と直接見聞した事項)によつて判断されなければならないものなのである。企業の一般秩序の状況をうのみにし、是認し、それを基準にして、労働者の調査協力義務の範囲を考察することは本末転倒であり、明白な誤りである。

労使間の信頼関係が労働者の使用者に対して負う調査協力義務の範囲を左右するか、これも断じて否である。原判決は、労使間の信頼関係が深ければ、労働者の調査協力義務の範囲が拡大するというのか、それとも縮少するというのか、又労使間に紛争があり、信頼関係が浅ければその調査協力義務の範囲が拡大するというのかそれとも縮少するというのか。このようなことは、労働者が労働契約によつて負う義務に影響を及ぼすことは基本的にありえないといわねばならない。労使間の信頼関係はまさに不明確な概念であるとともに、企業によつても又、その時々によつても一定せず、流動し、千差万別であつて、およそ法的判断の基準たりえないものである。

このような要素を調査協力義務の範囲に導入することは、労働者の地位を不安定にし、原判決がいうところの『労働者が使用者に対し全人格的な行動の自由まで提供し無定量の忠実義務を負うものではない』とする原則までもあやうくするものであるといわねばならない。

しかも『……右調査の当否、それに対しどの程度の協力をするかは、……など諸般にわたる複雑な関連において……決せられるべきであり』と原判決は判示するが、この判示は自らがたてた二つの基準(職務遂行との関連及び直接見聞した事項)すらをふみにじり、労働者の使用者に対して負う調査協力義務の存否を法的に判断するうえで、法的な基準を不明確にするものであつて、明白な誤りといわねばならない。

このことは、原判決が労働者の使用者に対して負う調査協力義務について解釈を誤り、結局労働者と使用者との労働契約の解釈を誤つたものである。

(3) 本件において、上告人に被上告人の行つた調査に応ずる義務があつたか否かを判断するためには、すでにのべたごとく、労働者が使用者に対して労働契約上の義務として負う調査協力義務の範囲、そして判断の基準を明確にすることこそ、裁判所のおこなう裁判であつた。そしてその基準は第一審判決及び原判決の中で基本的に『職務遂行との関連』および『直接見聞した事項』という内容で確立されているといわねばならない。これを基準にすれば本件を正しく判断することは可能であることは第一審判決が示すとおりである。

さらに詳論すれば、原判決が『具体的、個別的に決せられるべきである』とするところの『その見聞の機会がどの程度に担当職務と関連するか』は、当該労働者の担当職務の内容、その職務の遂行場所、職務遂行時間、状況を確定し、それとの関連で見聞した事項がどのようなものであつたかの具体的事実を証拠によつて判断しさえすれば足りるのである。又『見聞した事項が果して企業秩序に違反するか、さらにはその程度、範囲は』は、その疑われている違反行為の具体的事実を確定すれば足りる。又『右調査の当否』は、疑われている行為の具体的事実の確定によつて、調査の方法の適否などのやり方を証拠によつて確定すればいい。又『それに対しどの程度の協力をするか』は文字どおり調査協力を求められた労働者の職務との関連と見聞したと合理的に考えられる状況を事実で確定すれば足りるのである。これを、諸般にわたる複雑な関連などもち出すことなど全く不必要なのである。原判決は上告人に対する『事情の聴取に至るまでの経過』『上告人に対する事情の聴取』について、その事実関係は、第一審判決の認定どおりであると認定しているのである。この事実関係の認定をもつてすれば、上告人に調査協力義務があつたか否か、調査協力拒否が正当であつたか否かなど十分に判断しえるのである。とくに上告人に対する被上告人の調査は、まさに第一審判決が認定しているとおり、企業秩序違反行為をおこなつたと疑われていた労働者が『就業中の上告人に対し、原水爆禁止の署名を求め、上告人の職務執行を妨害しなかつたかどうか等を具体的に聞き出そうとするようなものではなく、むしろ上告人その他被上告人会社従業員の一部が行なつた原水爆禁止運動の組織、活動状況等について具体的に聞き出そうとしたもの』であつたのである(第一審判決書三〇丁)。このような調査が上告人の職務遂行に関連すらないことは一見して明白なのである。すなわち、原判決は、労働者が使用者に対して負ういわゆる調査協力義務の範囲基準についての解釈を誤つたからにほかならない。したがつて、原判決が『さらにその協力義務違反を理由とする処分の内容、程度とも微妙にかかわる』と判示したところのものは、まさにどのようにかかわるかこそ明確にし、そのうえで判断するのが裁判であつて、自ら判断回避の要素を不当にしのびこませるものというほかはない。

二、原判決の「調査協力義務」の存否の判断の基準の違法性

原判決は、『裁判所が前記協力義務の存否、同義務違反の成否、程度などを判断するにあたつては、本件企業内における労働組合の代表的立場にある者の前記諸点に関する評価判断を無視すべきではなく、裁判所がこれを排して独自の評価判断をするには、むしろ後記のような特別の事情を要するものと解すべきである』として、本件譴責処分の基礎になつたところの調査協力義務の存否したがつて譴責処分の効力の判断の基準に、労働組合の代表的立場にある者の評価判断をおいた。その理由としては、本件譴責処分の影響につき、昇格等に特段の差別的取扱を受けている事情にないこと及び、一般に譴責処分としては最も軽微なものであること、そして『労使関係の健全な成長』をあげている。

そもそも、労働者が使用者に対して負う調査協力義務の存否、したがつて、義務違反の成否を判断するにあたつて、したがつて譴責処分の効力の判断にあたつて、労働組合あるいはその代表的立場にあるものの評価判断(しかも右存否、成否に関する結論のみの判断)を判断基準とすることが法的に許されるかということである。

労働組合あるいはその代表的立場にある者の評価判断は、当該労働組合の運動方針、労働者の諸権利に対する姿勢、労働者と使用者との労働契約上の権利義務の内容の理解度等々によつて、千差万別といわねばならない。ある労働組合は、本件についてさえ、調査協力義務はないと判断することはおおいにありうるし、又被上告人会社の労働組合のごとく、労働組合を代表する苦情処理委員が譴責処分に異議をとなえない労働組合もあろう。又一一つの企業の労働組合にあつても、その指導部の交替や組合員の権利意識の向上によつても判断もちがつてこよう。このように、労働組合およびその指導部の姿勢によつて、どのようにでもなる判断評価を、法的判断の基準とすることは、まさに労働者の使用者に対して負う調査協力義務の存否についての判断の基準を誤つたものとして労働者の負う義務についての解釈を誤つたものといわなければならない。しかも、労働組合あるいはその代表的立場にある者の評価判断は、必ず調査協力義務の存否についての法的基準にもとづき法的に判断するものとは絶対にいえないものであり、むしろ、労使関係をどのような状況におくかという労働組合運動上の判断、すなわち政治的、意図的判断に基づくものといわねばならない。このような法的判断とはいいがたい評価判断を、労働者が使用者に対して負う義務の存否、したがつて労働者にくわえられた懲戒処分の効力の判断の基準にすることは、本来権限のないものに、すなわち個々の労働者の労働契約上の権利・義務に対して、労働組合に生殺与奪の権を与えるものであつて、全くの不当なものといわなければならない。

本件のごとく、富士重工業労働組合の指導部は、上告人らがおこなつてきた原水爆禁止運動を歓迎せず、かえつてこれを非難する姿勢をとつている場合、上告人らは、労働者として、そして国民としていかにして自らの権利と自由を守れるかきわめて重大といわねばならない。

原判決が、このような判断をした理由も又不当であり、違法である。すなわち原判決は、本件譴責処分について、確認の利益あると判断しているとおり、本件処分後賞与支給で差別され、しかもその後における賞与の支給・昇給・昇格その他の待遇のうえに、何らかの不利益な取扱いを受けるであろうことは自明の理であるとし、本件譴責処分の重大性を指摘しているのであり、当面、特段の差別的取扱を受けている事情も認められないとするのは自己矛盾であり、又、だから労働組合の代表的立場にある者の評価判断を無視すべきでないなどということに論理的にもつながらない。さらに、たしかに譴責処分は懲戒処分のうち、ランクからいえば解雇などより軽いものであるが、懲戒処分にかわりなく、まさに法的判断、すなわち裁判所の判断の対象たりうるものであり、裁判所以外に公的に法的効力の判断をしうる権能を有する機関はどこにもないのが、法治国家なのである。譴責処分であるから、労働組合の代表的立場の者の意見を尊重せよなどという論理は、法的にも社会的にも通用するものではありえない。又、労使関係の健全な成長のために裁判所が判断回避し、法的判断を労働組合の代表的立場にある者の判断にゆだねるなどという事態は、まさに政治的判断以外のなにものでもない。

これらのことは、まさに原判決が、調査協力義務の存否を判断する基準として、第三者の評価判断をもちこむという、調査協力義務の存否すなわち労働者が使用者に労働契約上負う義務の存否の判断の解釈を誤つた違法の結果であるといわねばならない。このことは、原判決が労働者と使用者との労働契約上の権利・義務の解釈を誤つたものである。

原判決は、『当然その裁定にしたがうべきであるとの形式論を採るものではない』と弁解しているが、まつたくのこじつけであり、まともな法的判断とは到底いいがたいものである。形式論をとらないとの弁解としてあげている理由なるものは、全くの独断か、根拠のない推論である。例えば苦情処理委員は、原判決のいう『微妙な諸事情』を正しく認識しているのか、又公正に、法的基準に従つて判断できるのか、全くこのようなことは独断・推論であり、なんの根拠もない。かえつて使用者との間で問題をこじらせたくない、あるいは使用者の意向を尊重する傾向の労働組合の代表的立場の者であつたからこそ、このような、譴責処分に異議すらいわなかつたにすぎないというべきである。しかも、原判決のいう特別の事情、すなわち『本件譴責処分に明白かつ重大な違法不当がなく』というが、第一審判決が明快に判断しているように、本件譴責処分は違法、不当であり、これは証拠によつて明白であり、かつ重大だからこそ、第一審判決は譴責処分を無効としたものである。

さらに、苦情処理手続に著しく不当であつて、とうてい公正な解決は期待できなかつた特別の事情は、まさに苦情処理委員のうち会社側委員は全員本件調査そのものの担当者、すなわち違法不当な調査を実行した当事者が、今度はそれを判断し、組合側委員を説得するというものである以上、手続・構成において明白に不当、不公正であることはいうまでもない。このような判断機関の構成の不公正をもつても、結論は公正という原判決こそ独断であり、絶対に許されないところである。

原判決がこのような不法、違法な判断をあえてしたのは、結局譴責処分だから、労働組合の代表的立場にあるものの判断評価を尊重するという判断の基準をなんの論証もなくたてたからにほかならない。原判決が結局労働契約にもとづく労働者の義務、したがつて労働契約そのものの解釈を誤つたものであり、法令の解釈の誤りは明瞭であるといわねばならない。

第四点 原判決の労働組合の権限についての解釈の誤り(判例にふれつつ)

原判決は、被上告人たる使用者と上告人たる労働者との個別的労働契約関係の内容たる懲戒処分の法的効力の判断にあたり、本来「自主的解決のための努力」にすぎないものを「労働組合の代表的立場にある者の評価判断を尊重し、独自の評価判断をしない」とすることによつて、使用者と労働者との労働契約上の権利義務に関し、何らの権限を有しない労働組合あるいはその代表的立場にあるものに、実質的に、処分権限があることに帰着する判断を示し、さらには労働組合あるいはその代表者的立場にある者の評価判断の結論そのものを、そのものとして尊重することにより、司法審査の対象であるところの労働組合の判断に対し司法審査を回避したものであり、労働組合の本来的にもつ権限についての解釈を誤つたものである。

以下のべる判例にさえ明白に牴触する不当なものである。

一、本件紛争の法的性格

本件訴訟は、使用者たる被上告人と労働者たる上告人との間の労働契約関係の内容を確定するものであつて、それ以外のものではない。すなわち、被上告人が上告人に対してなした本件譴責処分の効力のいかんにより、譴責処分が付着したままか、あるいは付着しないところの労働契約関係の実質的内容を確定するものである。したがつて、被上告人が上告人に対してなした本件譴責処分は、まさに被上告人と上告人間の労働契約上の権利・義務にかかわる問題であつて、裁判所がその効力の判断にあたつては文字どおり、事実と証にもとづいて司法判断しなければならないものであり、他のいかなるものの判断に左右されてはならないのである。

とくに、労働者と使用者との労働契約関係についてなんらの権限も有しない労働組合や労働組合の代表者的立場にある者などが、どのようにこの懲戒処分を評価し、判断しようとも、本件懲戒処分の本来もつている法的な性格(有効無効)が左右されるものではありえない。懲戒処分は、労働者個人の労働契約上の権利に関する就業規則の解釈適用であり、司法審査にあたつては本件についていえば、被上告人と上告人との関係においてのみ判断されるべきであつて第三者の判断・評価のはいりこむ余地のないものといわねばならない。

二、原判決の意味するもの

原判決は、被上告人の「苦情処理委員会の最終的判断と牴触する主張を、救済を求めた被控訴人(上告人)も裁判上なし得ない」との本案前の抗弁たる主張を排斥するにあたり『元来労働組合は組合員たる労働者固有の労働契約上の権利に関して処分権限を有しないため』と判示し、訴の提起を適法と判断している。もとよりこの判断は全く正当であるが、原判決の本案に関する判断は、この正当な判断と実質的にも形式的にも牴触するものであつた。すなわち、原判決は『労働組合の代表的立場にある者の……評価判断を無視すべきではなく、裁判所がこれを排して独自の評価判断をするにはむしろ……特別の事情を要するものと解すべきである』とした。

原判決が上告人の請求を棄却する判断の唯一の根拠としたものは、被上告人会社における苦情処理委員会の、『企業内において労働組合の代表者的立場にある委員の参加した労使委員全員一致による結論』であり、とくに労働組合を代表する委員全員の評価判断であつた。

すなわち原判決は、『本件企業内の労使関係の各代表者的立場にあつた前記各委員会(苦情処理委員会)の全員、とりわけ労働組合の代表者的立場にある全委員が……被控訴人(上告人)には就業規則にもとづく前示協力義務があり、しかもこれに違反するものがあつたと認定したものというべきであり、その結論にいたつた……諸事情の判断は当裁判所もこれを相当なものとして尊重すべきであり、それによれば本件処分は妥当なものであつたというほかはない』とする。

このことは、苦情処理委員会、とりわけ労働組合を代表する苦情処理委員の評価判断により、労働者と使用者の個別的労働契約の権利義務の内容である懲戒処分の法的効力が左右されるものであつて、結局、労働組合あるいはその代表者的立場にある者に、右個別的労働契約上の権利義務について、管理権、処分権、解釈権を与えたことに帰するのである。

すなわち、懲戒処分の有効・無効の判断にあたつて、労働組合あるいはその代表者的立場にある者の評価判断が基準となり、これらの者が懲戒処分は有効と判断すれば法的にも有効となり、逆の評価をもてば懲戒処分は無効となるというものである以上、まぎれもなく原判決は、労働組合あるいはその代表者的立場にある者に、使用者と個々の労働者との間の労働契約関係の内容を決定する実質的な権限を与えたものといわねばならない。

こうして原判決は、労働組合の代表者的立場にある者の評価判断を尊重することによつて、本案に関する実質上の司法審査を回避した。したがつて原判決は、労働者が、労働契約によつて使用者に対して負う調査協力義務の範囲、及び本件懲戒処分の効力につき、労働組合の代表者的立場にある者の評価判断に追従し、裁判所がおこなうべき司法審査を放棄し、もつて、労働組合あるいはその代表者的立場にある者の評価判断を絶対としたものであり、その評価判断が法的に正当であるか否かを判断しなかつたものである。すなわち原判決は、労働組合あるいはその役員らのもつ本来の権限について解釈を誤つたものであり、しかも、裁判所が従来つみあげてきた立場(判例)とも異質な立場をとつたものといわねばならない。

三、労働者と使用者との個有の法律関係と労働組合の処分権限に関する判例とその趣旨。

(1) 共同通信社地位保全等仮処分特別抗告事件における最高裁判所大法廷の昭和二七年四月二日決定は「本件仮処分申請は、解雇無効確認の訴を本案の訴とするものであるが、しからばその訴は、相手方と抗告人労組共同支部以外の抗告人との間に雇用に基づく法律関係のなお存続することの確認を求めるものにほかならないのであるから、特段の事由のないかぎり、その法律関係の当事者のほかに、その法律関係につき何らの処分権をも有しない労組共同支部に、かかる訴を遂行する権能を認むべきでない。」と判示している(最高裁判所民事判例集六巻四号三九三頁)。この最高裁判例は、主として訴訟の当事者適格を論じたものであるが、右判示の中で本件に照し、重要な部分は、「その法律関係につき何らの処分権をも有しない労組共同支部」と判示しているところである。この判旨は、本件とは事案を異にするとはいえ労働組合には使用者と労働者との間の労働契約関係につき、何らの処分権をも有しないというものである。

したがつて、この最高裁判例のいう労働組合が「何らの処分権をも有しない」という意味は、使用者と労働者との労働契約関係の存続解消にかぎらず、労働契約上の権利義務に関し、労働組合は自ら何ら処分する権限を有しないもの、すなわち実質的にも労働組合の判断いかんによつて、個別的労働契約の内容は左右されることはないし、されてはならないことを示しているのである。すなわち懲戒処分の効力について、労働組合あるいは労働組合の代表者的立場にあるものが、いかなる評価判断をしたとしても、それはもともと懲戒処分は、使用者と労働者との個別的労働契約にもとづく権利義務の内容を構成するものであるから、懲戒処分の効力を左右するものではないし、左右されてはならないことを判示しているといわねばならない。

このことは、使用者が労働者に懲戒処分をおこなつた後、その懲戒処分について労働組合あるいはその代表的立場にある者が、どのように評価しても、その懲戒処分の効力に消長をきたさないことを意味するものである。もしこの場合、懲戒処分の効力に消長をきたすとすれば、労働組合が「何らの処分権をも有しない」とする判旨と明白に矛盾するといわねばならない。

したがつて、原判決が、この最高裁判例の判旨に違反することは明白といわねばならない。

同旨の判例は多くあるが、使用者のおこなつた懲戒処分について、労働組合がどのような意見、姿勢をとろうが、裁判所は、事実と証拠にのつとり、自ら判断してきたのである。

原判決のごとく、第三者の評価判断を尊重するなどとした判例は全く存在しない。下級審においても全く同様である。例えば、日平伊讃美産業賃金支払仮処分申請事件における東京地方裁判所昭和三一年二月一三日決定「組合は個々の労働者から特別の授権のない限り、使用者と契約して既得の賃金債権の支払の延期その他の処分をする権限を有しない」(労働関係民事裁判例集七巻一号二三一頁)。

日本食塩雇用確認等請求事件における横浜地方裁判所昭和四二年三月一日判決「労働者が使用者との雇用契約上有する権利は、個々の労働者にのみ帰属し、組合の管理権、統制権はこれに及ばない」(労働関係民事裁判例集一八巻二号一三九頁)。

四、労働組合の判断と司法審査に関する判例

いうまでもなく、裁判所は一貫して例え労働組合であつても、その自主性をそこなわないことを前提としつつも、例えば三井美唄鉱業所公職選挙違反被告上告事件の最高裁判所昭和四三年一二月四日判決が、組合員の統制処分につき「組合の統制権の限界をこえるものとして違法である」と判示しているごとく労働組合の判断・決定に対し司法審査をくわえ、その判断・決定が実質的に違法であるか否かを判断してきた。原判決のごとく、労働組合あるいはその代表者的立場にある者の評価判断を、その実質的内容につき証拠にもとづいて検討することなく、ただ「尊重する」「無視すべきでない」とする立場をとつてこなかつた。まさにこれこそ判例の立場であり、原判決は、この裁判所の本来の立場とは全く異質の立場に立つものといわねばならない。しかも、労働組合あるいはその代表者的立場にある者が、特定の懲戒処分が正当か否かを判断するのは、法的に検討して判断するものではなく、労働組合の運動上どう考えるかという文字どおり政治的判断するのであつて、もしこの判断を尊重することは、裁判所自らが政治的判断をおこない、司法判断をしないことになるのである。原判決はこの政治的判断に従属したとの批判を免がれることができない。このことは、原判決が『一面において労使間の協力によつて労働問題を自主的に解決し、ひいては労使関係の健全な成長に資するゆえんともなる』としているごとく、まさに、被上告人会社における労使関係の現状を肯定し、維持せんがために、実質的内容を検討することなく、労働組合の代表者的立場にある者の評価判断の結論そのものをそのものとして尊重したのである。このことは裁判所のすべての判例の立場と極端に異質な政治的判断を平然とおこなう立場に立つているものといわざるをえず、労働組合の判断・決定も司法審査に服するというすべての当然の判例に違反しているといわねばならない。

とくに下級審ではあるが、神戸地方裁判所尼崎支部は、昭和四九年二月九日同地裁昭和四四年(ワ)第三七二号関西電力ビラ配布譴責無効確認事件で、譴責処分無効の判断を下している(判例時報昭和四九年六月二一日号No.、七三九、一二五頁以下)。この判決書「理由」の三、の(一)、七において労働組合が、譴責処分の対象となつた行為であるビラ配布について「組合機関の指示によるものではない」とし、さらに、ビラ配布行為は「組織の破壊分裂をねらうものであり、ビラの内容およびこの種の行為は許されない」との見解をのべ、会社のおこなつた賞罰委員会に「組合は関知しない旨を述べ、放任した。」とあるとおり、労働組合が使用者のおこなう懲戒処分を放任し、結局これを是認していたことを示している。にもかかわらず、この裁判所は、証拠に基いて事実を調べ、法的評価を下だしているのである。この立場はまさに本来の意味での「裁判」であつて、裁判所の通例であり、その意味で確立された判例といわねばならない。原判決は、この裁判所の本来の立場をはなれ、第三者の判断評価を自己の判断・評価の基準とする違法をあえておこなつたものであり、まさに判例違反の違法といわねばならない。

以上、原判決が、労働組合あるいはその代表的立場にある者の評価・判断に対して「自主的解決のための努力」にとどまるものを、拡大に、大きな評価をくわえたことは、労働組合の権限についての解釈を誤つたものであることは明白である。

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